「救急車には乗りません」
足のリフレクソロジーというのに行った。皆さんご存知と思うけれど、台湾式足裏療法というのとは違って、リフレクソロジーというのはイギリス生まれの「痛・気持ち良い」足裏ツボ押し療法なのである。
池袋駅構内にあるそのリフレクソロジーは、いつも順番待ちの人がいる。薄暗いその中には、気持ちよさそうに寝そべって足の裏を押されている人たちが見える。その前を通るたびに、(いいなあ、いいなあ〜、やってみたいなあ)と羨望の眼差しで私は見ていた。
土曜の朝になって(今日こそは行ってみよう)と、その日の夕方の予約をとった。仕事の終わるのが一日中待ち遠しくて、時間が来たら飛ぶように池袋に向かった。
初めて体験するリフレクソロジーには、椅子が15台くらいあって、たくさんのスタッフの人が働いている。それなのに、静かな環境音楽だけがゆったりと流れていて、人の声がほとんどしない。スタッフの人とお客さんはコソコソ話で話すように本当に小さな声で話している。池袋駅構内とは思えないくらいの静けさと、アロマオイルのやわらかい匂いで椅子に座っただけで眠くなってきた。
椅子に座ると、オイルの入った足浴のための小さなバケツみたいなものが登場して、10分間そこに浸かって足を軟らかくするのだ。あったか〜〜い。そこに足を入れただけで、更に眠りの世界へ誘われる。
いよいよリフクレクソロジーの始まりなのである。パウダーを塗って足の裏を押されるとなんとも言えない気持ちよさ。なんかこう全身の力がす〜っと抜けていってしまうのだ。痛みは全然なくて、ただただ気持ちがいい。じわっと足があったかくなってきて、それと共に身体中があったかくなってくる。いつしか私は完全に熟睡をしていて、気がついたらもう終わりだった。
それほど気持の良いリフレクソロジーは、とにかく病みつきになりそうだった。
家に帰って就寝前に、足を回してみた。なんかいつもよりもすごい勢いで足がくるくる回って、面白いくらいにやわらかい。そんな運動を15分くらいやっていた。
そうしているうちに、なんとなく右足がすごくだるくなってきた。なんだかおかしい。スッと立ち上がってみると、右膝が左膝の位置とは全く異なっている。ものすごく後ろに行ってしまっている。おかしい!歩いてみたら上手く歩けなくなっていた。なんか右だけがガクガクしているのだ。(も、も、もしかしてこれは脱臼というもの?)私はとってもイヤな予感がした。時間を見ると、夜中の12時を過ぎていた。
そして私は何を思ったのか、何も考えずに119番に電話していた。
「火事ですか?救急ですか?」
「きゅ、救急です・・・」
「どうしましたか?」
「なんか足が脱臼してしまったのか、
とにかく右足が上手く動かなくなってしまったんです」
「わかりました。それでは今すぐ救急車が向かいますので
住所を教えて下さい」
「はい、○○です。あのぉ、それで、夜中なのでサイレンを
鳴らさないで来ていただけますか?」
「それは無理なんです。決まりがあって救急のときは
どんな場合でも鳴らさなければいけないんですよ」
「・・・わかりました。それではよろしくお願いします」
といったような非常に冷静なやりとりをした。
しかし、私は、今まで生まれてから一度も、救急車とやらに乗ったことがない。当然のように、電話もかけたことがない。何の決心もなく、電話をしてしまった自分に驚いた。でもやっぱりこの変な形になってしまった足を治して貰わないと大変!ノーメークのメガネ顔でパジャマ姿だったけれど、そんなことなんてどうでもいい。とりあえず保健証とお財布とハンカチを用意した。
しばらくすると救急車がやってきた。なんとか下まではエレベーターで自力で降りよう。うまく歩けない。。でもなんとか玄関を出てエレベーターに乗った。すると、私の膝はみるみるうちに、普通の様相を表してきた。
(あれ、あれぇ??なんだか治ってきたみたい・・・)
1階に降りると、オートロックの前には救急隊員の人が3人立っている。
開けて出ていくと一人の隊員さん(私の中では、この人が隊長)が、「大丈夫ですか?歩けますか?」と優しい笑顔で尋ねてきた。
「あのぉ・・。なんだか歩けるんです。というよりもなんだか
治ったみたいなんです」
「痛くないですか?」
「はい、今は」
「なにか体操でもしていたんですか?」
「はい・・・、足を回していました」
「どれくらいやっていたのかな?」
「15分くらいです」
「足を回すのはね、10回を3セットくらいまでが良いですよ。
あまりやりすぎるとかえって痛めてしまうんですよ」
「すみません。。。」
「どうしますか?病院で診てもらいますか?」
「あ、いえ。。この分なら大丈夫そうなので
本当に申し訳ないのですが・・・やめてもいいですか?」
「うん、いいですよ」
「申し訳ありません!!!せっかく来ていただいたのに」
「いいんですよ、いいんですよ。なんでもないことが
一番なんですから」
・・・と本当に優しい笑顔で隊員のおじさんが言ってくれた。
もうひとりの若い隊員さんが
「では、この書類に書いてもらえますか?」
「なんて書けばいいんですか?」
「ここのところに、救急車には乗らないと書いて下さい」
「はい。わかりました」
・・・と言って、私は「救急車には乗りません」と書類に一筆書いた。
それが一通り済むと、更に申し訳ない気持でいっぱいになってきて、ただただ救急隊員の方々にあやまるだけだった。
すると、またまた優しい笑顔で
「いいんですよ。なにかあったらいつでも連絡してください。
救急車で運ぶだけが私たちの仕事ではないんですから。
むしろ運ばれなくて、何でもなくて、本当に良かったです」
あ〜〜〜〜〜。。。私はこの言葉に感激して涙が出そうだった。
殺伐としたこの世の中。こういう救急隊員の方々が日夜奮闘していると思うと、頭が下がる思いだった。
私は救急車が再び出動するまで、パジャマとメガネ顔でマンションの前にただ立ちすくんでいた。
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