背景
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脈波が、血管の分岐部や、力学的特性が変化する場所で反射を起こすという事実は、古くから知られており、その詳細な理論的定量化はすでに十分行われてきた1)。
・
その臨床的な応用として、原発性肺高血圧症と慢性肺動脈血栓症の鑑別に、augmentation indexと、inflection
timeという反射点までの距離を反映する二つの指標が有効であったという報告などがある2)。
・
このパラメーターは反射波を定量的に表すものとして汎用されているが、より詳細な血行動態の解析を行うには、やや厳密性を欠いている。
1) Womersley 1955らに始まる一連の研究による
2) Nakayama Y et al. J.Am.Cllg.Crdlg
2002
目的と意義
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flow catheterを用いたmPAにおける圧、流量の同時計測データから、圧と流量それぞれを、順行成分と逆行成分とに分解する方法を考案したので報告する。
・
本方法では順行成分と逆行成分の実際の波形を描けるだけではなく、その振幅エネルギーを求めるなど、定量的な解析をすることができる。
・
また、この方法を用いて、心房中隔欠損症2例及び心室中隔欠損症3例のデータを分析し、その意義について検討を加えた。
理論
Flow
catheterデータから波の順行成分と逆行成分を求める方法について
・
弾性体のチューブの中に流体が満たされている系を考える。右図に示したように、チューブと流体の物理的特性をC, R, Lであらわすと、圧Pと流量Fについて次のような式が成り立つ。
単位長さ当たりのcompliance:C 単位長さ当たりのresistance:R 単位長さ当たりのinertia:L 位置x,時刻tにおける流体の圧と 流量をそれぞれ P = P(x,t) F = F(x,t) とする。
・
PおよびFが、周波数ω/2πの周期関数であると仮定すれば、おのおのをFourier表示でき、上の微分方程式を解ける。
・
このようにしてPとFを計算すると、次のようになる。
F = F
+ ΣFnω+ +ΣFnω−
P = P + ΣλnωFnω+−
ΣλnωFnω−
2
※ λnω= − i
※ Fnω+ ,Fnω−はそれぞれFの順行成分と逆行成分のharmonics
※ F , PはFとPの時間平均
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flow catheterの置かれたmPA近位部においては、RがωLに比べて十分小さいと考えられるので、λnω=1として近似できる。
F = F
+ F+ +
F−
√ √
L
C
P =
P + F+ −
F−
・flow catheterで得られるF, F, P, Pと、 (測定部付近のcharacteristic
impedance)が分かれば、上の式からF+,F−が計算できる。
・
十分高周波の脈波は減衰が激しいので4)、反射波の影響が小さくなり(F−≒0)、
P-P/F-Fが に近づく。この収束値を使ってF+,F−を求める。
√
4)
aortaにおいては2Hz以上で反射波の影響が無視できるといわれる(Westerhof et al,1969)。一般に減衰係数は
で与えられ、nωが大きいほど大きくなる(最大値は )。
対象と方法
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今回我々は、ASD2例、VSD3例に対して、flow
catheterを用いてmPAの圧・流量の同時測定を行った。
・
それらのデータを、6階調Fourier級数に展開し、各周波数ごとの圧と流量の係数比、すなわちImpedanceを複素数表示した。十分大きい周波数においてはImpedanceが に収束すると考え、その収束値をcharacteristic
impedanceとした。
・
√
L
C
こうして求めた から上記式を用いてF+,F−をFourier級数で表示した。級数の各係数の大きさの2乗和に を乗じたものが、波の振動エネルギーであることから、順行波と逆行波の振動エネルギーをそれぞれ求め、その差の値を症例間で比較、検討した。
1
2
結果A Eosc.の比較
症例 |
診断 |
Qp/BSA |
|
Enon-osc. |
Z0 |
Eosc. |
Eosc/non |
1 BSA0.63 |
ASD |
177 |
11 |
1,950 |
0.013 |
229 |
12% |
2 BSA0.67 |
ASD |
152 |
10 |
1,517 |
0.072 |
259 |
17% |
3 BSA0.42 |
VSD |
147 |
20 |
2,937 |
0.048 |
307 |
10% |
4 BSA1.15 |
VSD |
187 |
24 |
4,487 |
0.022 |
546 |
12% |
5 BSA0.64 |
VSD |
305 |
20 |
6,104 |
0.034 |
1,429 |
23% |
BSA;体表面積(M2), Qp;肺血流量(ml/sec), MPAP;平均mPA圧(mmHg),
LAP;平均LA圧(mmHg)
Enon-osc.;単位時間当たり肺血管に吸収されるエネルギーの非振動成分(mmHg・ml/sec/M2)
Eosc.;単位時間当たり肺血管に吸収されるエネルギーの振動成分(mmHg・ml/sec/M2)
Eosc/non; Eosc./ Enon-osc.×100(%)
考察とまとめ
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flow catheterを用いて、脈波を順行成分と逆行成分とに分解する方法について報告した。
・ これを用いてASD2例、VSD3例の肺動脈圧と流量データの解析を行った。結果@からはEosc.の大きい症例では、流量の立ち上がりから圧の立ち上がりまでの時間的なずれが小さい傾向があることが分かった。結果Aでは吸収エネルギーの非振動成分と振動成分の間には正の相関が見られた。Orderに大きな違いはなく、振動成分の影響も無視できないことが示唆された。
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高周波数領域のimpedance収束値の計算は再現性に乏しく、今後はcatheterから高周波パルスを与えたときのimpedanceを求めて、characteristic impedanceの推定を行うなどの工夫が必要であると思われる。