1998.11.30

想像力(1)

 ついこの間、何年ぶりかで引っ越しをした。思いも寄らぬ条件の良い引っ越し先だったので、数週間に渡る引っ越し作業も意外に苦ではなかった。新しい部屋は南のベランダから180度も空が眺められる。引っ越し当日は天気が良かったので夕日の幾重にも重なる色の層の中にずっしりとそびえる富士山を見る事ができて、おめでたい私はそれだけで「これは幸先がいいぞ〜」と段ボールに囲まれながら感動していた。
 そして、まだ落ち着かない引っ越し2日目の夜。夜遅くまで片づけをして就寝をしたあとのことだった。窓際に置いたベッドで休んでいると風の音がなにやらすごくて、ものすご〜く疲れているはずなのに寝つけない。お休み3秒の「のび太くん」のような私は、ただただ焦るばかり。風の音とまだこの家に慣れない緊張とで頭は冴えるばかり。そしてちょっと眠れたと思うと、今度はさっきとは違うパターンの風の音で起きてしまった。その音はというと、女の人が悲しげに泣いているような風の音なのである。しかもその声は、いや風の音は、異様にリアルな女性の声なのである。私はもっと冴える頭で考えた。(こんなにいい条件のところにすんなり住めるなんて、余りにラッキーすぎた・・・。こんなに風の音がするような安普請の建物だから安かったんだ)後悔は深くなるばかり。そしてもっと考えたのは(いや、風の音じゃないかもしれない。もしかしたらさまよっている女性の霊かもしれない・・・。昔きっとこの土地で何かあったのかもしれない・・・)そんなふうに考えている丑三つ時、私はもう泣きたくなってきた。(でも大枚はたいて引っ越しをしたばかりで、また新たに新しい所を探すなんてそんなことはできないっ!!)そう考えている間中、ずっと例の声はしているのだ。(ああっ!!!なんだかんだ言っても、今まで私って幸せ過ぎたのかも・・・)
 そして朝になった。良い天気だ。お日様の光はありがたいもので、夕べのあんなに恐かったことも帳消しになってしまう。しかしそこでまたまた暗い気持ちが襲ってきた。今は明るいからいいけれど、夜になったら夕べと同じことが起きるのだからとにかく解決策(??)を練らなければ・・・。耳栓を買ってくるか、テレビをつけっぱなしで寝るか・・・など考えてみた。考えながら、とりあえず洗濯をすることにした。こんなにお日様があたる休日に洗濯をしないのはもったいない。人間、心配事があっても、やはり現実的な行動が優先するものだ。
 カーテンを開けた。そしてなぜか窓をよくよく見た。すると上のほうにある小さな風を入れる窓が、全開になっていた。全く気づかなかったけど、このホントに小さな窓は、今日までずっと全開だったのである。昼間はいいとして、寒い夜もずっと開けっ放しだったなんて。まったく2日間も何をやってるんだろう。そのとき、ものすご〜〜くスローなスピードで私の頭は全てを理解した。パタンと小さな窓を閉じてみると、ひゅーっとホンの少しだけ聞こえていた風の音はすっかりしなくなった。これだ、この窓が原因だったんだ、女の人の声のような風音は。
 つくづく自分のバカさ加減がイヤになった。変な想像力を働かせるより前に、なぜ窓を見てみなかったんだろうと。