医局長就任にあたって      市堰 浩


 この8月から、助手として大学に戻り、9月より森脇前医局長の後任として医局長を務めることになった訳ですが、大学での研修以来の大学病院ということですから、なんと7年振りということになります。外来棟も新しくなり、コンピューターシステムも導入され、取りあえず慣れるのに精いっぱいという感じです。病棟の方も、私たちの研修医の時代と比べて、患者数も多くなり、なかでも特別なケアーを必要とする患児が随分増えてきた印象があります。更に研究活動の方も7年前とは比べものにならない程活発で、東大小児科も、今の世の流れと同様、日々急速な勢いで発展を続けているのだなと実感させられました。検査、診断、治療のあらゆる点に関して最新の技術や情報が、活用できるようになり、重い病いに苦しむ子供たちにとっては、大きな福音となることは間違いないはずなのですが、その反面、時代遅れというか、世の中の流れについていけないというか、新しいものを吸収する能力のない私には、100%信頼をおいてはいけないものも、その中には含まれているのではないかと危惧されてなりません。新しいもの必ずしも真ならずといった感じでしょうか。また、どんなに権威づけされた事柄も、鵜呑みにしていては大きな落し穴におちいることがあるように思います。それは、現在、巷で話題になっている一連の医療問題を見れば、火を見るよりも明らかなことでしょう。診断については、特に画像診断や遺伝子診断などの面で長足の進歩を遂げ、従来の診断学や症候学の助けを借りずとも、極端に言えば、患者を診ることもなく、難病の診断が可能となってきています。様々な検査値だけで患者の状態が判断されるようになってきている気がするし、困ったときにはとにかく検査をという発想もかなり日常的になってきているようにも思えてならない。勢い、患者と医者、いや、人と人とのふれあいの機会が少なくなってきてはいないでしょうか?
 治療においても、治療効果の高い優れた薬剤や治療法が開発され、どんどん実用化され難病治療に効果を発揮し初めていますが、その反面、副反応も強かったり、治療期間も長期化し通常の生活とは程遠い生活を余儀なくされているのも事実です。これが、現在の医療全体の大きな流れであり、私たちは、発展を続ける医療が見失いつつある大切なものを常に見失わないように、心にいつも謙虚で純粋な気持ちをもち続けなければなりません。
幸い、子供たちは、だれでも皆、鏡のように透きとおった心の持ち主です。彼等の生き方は私たちの心を同じように磨き上げてくれます。私自身、この小児科で研修をするまでは、全くの無気力、無感動な生き方をしていましたが、子供たちと散歩や小旅行に出かけたり、中庭で草花を見たり食事をしたり、クリスマス会をしたり、時にはけんかをしたりすることから、美しいと思うことはどういうことか、綺麗だと思うことはどういうことか、人を好き嫌いと思うことはどういうことか、生きている・死に往くということはどういうことか等、数多くのことを子供たちから教わったと思っているし、自分の生き方も大きく変わったと思っている。そういう意味で“めだかの学校”は、子供たちだけでなく、自分自身にとっての学校でもあると確信しています。
 そして、医局長としての仕事をしてみて初めて、この日々成長し続ける小児科を、いろんな所で数多くの人々が陰になり支えてくれているのだなということがわかりました。どんなつらいことがあっても、子供たちのことを想い、黙々と努力を続けておられる沢山の方々のお陰で今日の東大小児科があるのです。そして、そこでは、全ての子供達がヒーロー、ヒロインなのです。新しい医局長として、子供たちに負けないようにがんばろうと思います。
     (いちせき ひろし・平成元年入局)


菱 俊雄