イラストレーター    宮澤正之さん(さかなクン)





 「さかなクン」こと宮澤正之さんは、テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」で行われる、全国から集まった「さかな通」の精鋭たちが魚に関する並大抵にはわからないような難問を解いて勝ち残っていくという「全国魚通選手権」で5連覇を果たし、いまだにこの記録を破られていない、魚類学の専門家も一目置くほどの正真正銘の「さかな通」なのである。しかも第一回目に優勝した時の宮澤さんは18歳の高校3年生で、周囲を圧倒させた。
 現在は27歳。「イラストレーター」として様々な魚を描き、千葉県立安房博物館では客員研究員として南房総に生息する100種類以上の魚介類の世話をする。
 また、動物のテレビ番組では魚のナビゲーターも務め、幼稚園や小学校に出向いては、こどもたちに魚の面白さや魅力を伝えている。「さかなクン」を知らないこども達はきっといないというくらい、こども達にとても人気がある。
 宮澤さんは物腰がとても柔らかく、ぽかぽかな春のひだまりのような穏やかな人柄がふんわりと滲み出ていた。

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 「イザリウオが・・・」。イザリウオのことを質問したとたん、宮澤さんの大きな目がますます輝いた。それから、イザリウオについて、こちらが知らないことを説明してくださっているうちに、宮澤さんの声のトーンがだんだん高く大きくなってきて、魚を好きなことが全身から伝わってくる。
 宮澤さんが魚のとりこになってしまったきっかけは、こどもの頃のある出来事だった。

 『小学校2年のとき、僕が日直当番で今日の時間割を黒板に書いた後、席に戻ったんです。そしてノートを「パカッ」て開いたら、ノートいっぱいにすごい絵が描かれてある。ウルトラマンがビームを出しているところにタコが墨を吐いて反撃している絵を、友達が僕に内緒で描いていたんです。その絵を見た瞬間に、墨を吐いているタコに目が釘付けになってしまいました。まだ僕はタコを知らなくて、というよりも知っていたのかもしれないけれど、その絵から受けたインパクトがあまりにも強くて、それから寝ても醒めてもタコが大好きになっていました。
 それからはタコ三昧の毎日になって、学校の図書室に行ってはタコのところを全て読みあさり、学校帰りには町の魚屋さんを覗いて「ああっ、タコだ〜!!」って、ゆでダコをじっと観察していました。母親に「タコを買ってきて」とせがんで買ってきてもらったのですが、足一本の切り身だったので、「これはタコじゃないよ〜〜〜。タコは8本足だよ〜〜〜!」と駄々をこねて、結局、丸ごとのタコを買ってきてもらいました。そして一日中、その丸ごとのタコを眺めていたんです。休みの日は朝から晩までそのタコを眺めて、夕飯にはそのタコを料理してもらって食べる。そんな生活が、なんと約一ヶ月も続きました。もちろん、タコの料理は煮たり焼いたりといろいろな食べ方をしたのですが、でもよく家族が付き合ってくれたなあと思います。特に母親には、大感謝しています』

 宮澤さんは、東京生まれの神奈川育ち。海に行くには少し時間がかかる。魚好きになってからは、友達と3時間以上自転車を飛ばして江ノ島まで遊びに行く事もあった。毎週のように海や川に魚採集に行き、特に千葉の白浜にある親戚のおばさんの家に遊びに行くことが、何よりも楽しみだった。
 『白浜にいるひとつ下のいとこがとても活発だったんです。遊びに行くと、いつも磯に連れて行ってくれて、地元のこどもたちと一緒に海の生き物を捕まえていました。僕としてはタコに会いたかったのですが、海に行ってもそうそう会えるもんじゃない。タコは「海の忍者」と呼ばれるくらいですから化け方もとても上手なんです。だから海に行ってもタコに会うことはなくて、遊びに行ってもいつも捕まえるのはアメフラシ、ヤドカリ、ヒトデのような礒の生き物やとても小さな魚ばかりでした。近くには港もあったので、漁師さんが漁から帰ってきて水揚げする魚を見ているうちに(うわあ、魚ってこんなに変わった魚がいっぱいいるんだなあ)って、だんだん魚全般に興味が湧いてきたのです。
 水族館で母親に買ってもらった魚の下敷きに「ウマヅラハギ」というカワハギの仲間の写真が載っていて、(こんなに可愛いさかながいるんだ!見てみたいなあ〜)と思っていました。それから2〜3日したときに、北海道の知人から毛ガニが送られてきたのですが、開いてみたら、毛ガニを冷やすための氷の中に、とても小さなウマヅラハギを3匹発見したんです。ちょうど下敷きの写真と同じくらいの大きさで、あんまり嬉しくて飛び上がって喜びました。それを手に持ってじっと眺めていたんですけれど、真っ正面から見たら、あまりにも可愛くて感動してしまったんです。魚って図鑑に載っているのは、ほとんど横向きですよね。前から見たときの顔の可愛さを発見してしまったので、そのときから、魚を描くときは前から見た顔や、斜めから両目が見える角度で描くようになったんです。
 それから、小学校3年のときに福島の小名浜に父の仕事の関係で行ったのですが、魚屋さんの大きな生け簀の中にサケとかカレイとか大きな魚がいて、そこに小さな箱のような形の魚がいたんです。(うわあっ!あれはなんだ?)と思って、お店のおじさんに「これください!」と言ったら、「これはうちのペットだからダメだよ」と言われてしまいました。それは、「ハコフグ」だったんです。それからずっとハコフグに会いたくて会いたくて・・・。小学校5〜6年のときに白浜の港で、ころがっている捕れたてのハコフグに会ったんです。念願叶って嬉しくて、手に乗せて「可愛い!」って感動していました。どうしてもそれを部屋に飾りたかったので、「これをふぐ提灯にして部屋に飾りたいんですけど、どうしたらいいんですか?」って漁師さんに質問したんです。「口に口をくっつけてふうっと息を入れればいいんじゃないの?」と言われたので半日くらいやってみたら、なんだかちょっと気分が悪くなってきてしまって・・・。結局、ふぐ提灯はできなかったんです』

 こんなに魚好きの宮澤さんだけど、うんと小さな頃、幼稚園くらいまでは「はたらく車」が大好きだったそうだ。 
 『僕は絵を描くことがずっと好きなんですが、ハイハイをしているくらいの小さな頃から描いていたらしいのです。僕が愚図って泣き出すと、紙と鉛筆をささっと親が出して、それで泣きやんでいたそうです。幼稚園のころまでは、ゴミ収集車とかトラックとかバキュームカーとか、そういう車が大好きでした。朝、ゴミ収集車がやってきた音楽が流れると、ムクッと起き出して車の後に着いて走っていってしまったり、ゴミ収集場の前でトラックと一緒に写真を撮ったり、トラックに乗せてもらったりしていました。とにかく、トラックが大好きだったんです』
       イラストレーターだから当然なのだけど、宮澤さんは絵が上手い。タコの話をしながら、タコのイラストもささっと描く。
 『タコって、ディズニーのアニメに登場するときもそうですけれど、ちょっと人相が悪くて悪役っぽく登場することが多いですね〜。
 タコが絵で描かれていると、丸くなっている「胴体」のところに目を描かれてますよね。それと墨を吐くところが「口」と思われますが、それは口ではなくて、墨を吐いたり卵を産んだり呼吸をするロウトという部分で、口はホントは足の真ん中にあるのです。本物のタコをひっくり返して見るとわかるのですが、目もロウトと反対側にあります。だから、テレビや映画や絵で見るのと本物は違うということが、知れば知るほどわかる。よくタコに鉢巻きを巻いている絵がありますが、あそこは胴体なので鉢巻きじゃなくて腹巻きになるわけです。頭から足が生えているから、イカもタコも「頭足類」と言われています。そんな風に本物を知れば知るほど魚や海の生き物の不思議なところがわかって、どんどん楽しくなってしまうんです。図鑑だと魚は横向きにしか載っていないけれど本物はいろんな角度から見られるから、いろんな顔をしているということがよくわかり楽しいです。
 学生時代は、授業中もノートや教科書やテストの答案用紙にまで魚を描いていて、よく怒られました』
        
 そして、また、宮澤さんならではのとても面白いエピソードがあった。
 『中学に入って、部活に入部しようと思いました。「スイソウガク」の部屋に見学に行ったんです。そうしたら、「ドンドンプカプカ、ドンプカプカ」、すごい音が鳴り響いていました。それではじめて知ったのですが、それは「水槽学部」じゃなくて、「吹奏楽部」だったんです。(あれ〜?水槽じゃないのか?でも、楽しそう!!)と思って、そのまますぐに入部し、トロンボーンを始めました。
 「日本昔ばなし」の中で、やまんばとかおばけが登場するシーンで不気味な低音が流れてくるのですが、僕はその低音が大好きだったんです。吹奏楽部に入ってから、その音の主が「バスクラリネット」だったことがわかって、高校2年から吹奏楽部でバスクラリネットの練習を始めました。そのときは、ほんの一瞬だけ、魚の絵ではなくバスクラリネットの絵を描いていました。だから今でも、バスクラリネットは大好きで演奏しています』

 そして高校生になって、「TVチャンピオン」に挑戦することになったのだ。
 『TVチャンピオンに初めて出場した時、銚子の魚市場で最初の問題が出題されました。中おち丼になっている魚を完食してから、食べたものと同じ魚をたくさん置いてある魚の中から見つけるという問題でした。その魚の中に、まだ実際に見たことのなかった巨大な「アカマンボウ」がいたのです。僕はそれを見た瞬間に感動して頭の中がアカマンボウでいっぱいになってしまいました。でも、とにかくすごい速さで出題されたものを食べたら、それは、まぐろの中おちに似ている味がしました。巨大なアカマンボウをカギで引っかけ持ってきて「アカマンボウ!」と答えたら、本当に正解でビックリ!あの感動は忘れられません。
 匂いを嗅いで魚の名前を当てるという問題では、出題されたものが何か魚ではないような得体の知れない匂いがしました。その匂いが、収録の待ち時間で買ったガンギエイの匂いにそっくりだったので、「エイ!」と答えたら正解だったんです。そんな風に、食べたり匂いを嗅いだりする問題は、運よく正解していることも多いんですよね。
 僕が自信のあった問題は、水族館で見た魚の全てを制限時間で紙に描くという問題でした。それと過酷な問題では、数百ピースのジグソーパズルを組み立て、分かった時点で屋上から地下の魚売場に走って、思った魚を選び、また屋上にその魚を持って上がって答えるという問題もありました。あの時は本当につらかったけれど、その分、正解したときの感動は最高でした。
 魚の種類は、世界で、なんと25000〜30000種類くらいと言われています。日本だけではおよそ3700種類以上もいます。毎年多くの研究者の方やダイバーの人たちによって新種もぞくぞくと発表されることに、ワクワクするんです。
 味でわからないことは魚屋さんや料理屋さんに聞きにいったり実際にごちそうになったり、学術的にわからないことだと魚類学者の先生方や水族館の方に教えていただいたり、今の僕は、魚を知っていく環境としては本当に恵まれていると思います』

 興味を持ったものにはどんなことでも偏見を持たずに好奇心を持って取り組む。こどもの頃、周りの友達も宮澤さんに影響を受けて、魚を飼ったり、釣りを始めたりする子が増えた。何かを徹底的に好きになる気持ちが強いエネルギーになっていた。
 『魚とは本当に不思議な出会いをしてきました。江ノ島で釣りをしていたときに、漁師さんがいらない雑魚を浜辺のほうに捨てていたんです。それを見て、(こんなときにイザリウオがころがっていたら、最高だなあ)と思っていたら、ぐにゅっと踏んでしまったのがイザリウオだったんです。


 三重県に行ったとき、漁師さんに「セミホウボウを飼いたいのですけど、捕れないですか?」と聞いたら、「セミホウボウなんて、年に1、2度しか見ないよ」と言われたんですが、話している最中にちょうどセミホウボウの子が水面を泳いでいてビックリ!バケツですくって大切に飼育しました。
 去年の春には小田原の近くの漁師さんにヒラメの刺し網漁に乗せてもらいました。僕はアンコウの仲間の「アカグツ」というとても魅力的な魚を飼いたくて、漁師さんに「ヒラメの刺し網だったら、アカグツなんてかからないですか?」と聞いたのです。「アカグツは年に3〜4匹かかればいいかなあ。それに時期が違うからね」と言われたんです。「ほしいんですよねえ」なんて言っていたら、ローラーで巻き上げている網に赤い丸いものが・・・。なんと、アカグツだったんです。自分でも信じられないけれど、会いたいなあと思っているとなぜか会える。ほしいなあと思っていると、漁師さんの網にかかっていたり、僕が踏んづけていたり、なんだかとても不思議に思います。漁師さんからも「魚を呼んでるんだろ」とか言われます。でも、僕がほしい魚って、漁師さんがほしいような魚ではないので、漁師さんのお役には立ててないんです。
 館山にいるときは、よく漁に行きます。漁師さんの船に乗せて貰って、捕れた魚は安房博物館の水槽に入れて飼育したり、変わった魚が捕れたときは自宅で飼育したり学者さんにお届けしたりします。捕れた魚を食べるために料理したりもしますよ!』

 最後に、前から疑問だった、「魚の雄雌はどうやったらわかるのか」という質問をさせていただいた。
 『魚の雄雌を判別するのは意外に困難です。産卵時期にならないとわからない種が多いんです。例えば、サケは産卵時期になると「鼻曲がり」と言って雄の口の所はカギ状に曲がったりします。繁殖期が近づくと雄が鮮やかな「婚姻色」を出す種もありますが、なかなか見た目で分からないことがほとんどなのです。スズキやハタの仲間は初めはみんな雌なのに、群の中でいちばん強いのが雄に変わったりします。クロダイは、小さな頃はみんな雄なんですが、ある程度大きくなると雌になります。ゴンベの仲間は、二匹が雌だと片方が雄になるとか、二匹が雄だと片方が雌になるとか。そんな風に魚の雄雌は自在に変わったりもするから、驚きですね〜!』

 話を伺えば伺うほど、面白い魚の世界。魚にも、しっかりと感情があると宮澤さんは言う。魚の素晴らしさを、今のこどもたちにどんどん伝えていきたいそうだ。
 『イベントとかで、こどもが魚に触ったあとに服で手を拭いてしまって、お母さんにすごく怒られているのを見たことがあるのですが、そういうときにはなんとなくかわいそうになってしまいます。せっかく興味を示して魚に触ったところで、すぐに怒られてしまうと、興味を示したことがどこかに行ってしまうと思うんです。
 今のこどもたちは魚離れしていると言われていますが、実際に生の魚を持ってこどもたちに会いに行って、ひれや口を広げたり、魚の顔を正面から見せてあげると、みんなとても興味をもってくれます。1時間くらい話をしても、トイレ休憩もしないで熱心に聞いてくれます。だから、魚離れしているのではなくて、触れる機会がないだけなのではないかと思うのです。もっと海や川で魚に触れるように大人がしてあげれば、魚を通して自然の素晴らしさも知ってくれるのではないかと思うのです』

 「さかなクン」・・・。宮澤さんのどこかにさかなの神様がかくれているのかな?と思ったくらい、お話を伺っていると、こちらまでさかなのことをもっともっと知りたくなってくる。宮澤さんのメバルみたいに大きく輝く目は、こどもの頃に走り回って一緒に遊んでいた友達と同じ。邪気がなくて、ひたすらに楽しさを増長させてくれる目。こども達に絶大な人気がある理由が伝わってくる。それは、「自分の好きなことは、誰がなんと言っても好きでいい!」と宮澤さん自身が確信していて、その瞳をそのままこちらに投影させてくれるからだろう。無理がなく、気持いいくらい自由な感じ。「さかなじゃなくてもどんなものでも、自分が好きなものなら、な〜んでもいいんじゃない!」と、こどもたちは宮澤さんにポンッ!と背中を押される感じがするのかもしれない。

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 『魚のことは微塵たりともキライになったことがなくて、前よりもっともっと好きになっています。魚のことを知れば知るほど謎だらけで、飽きることがなくて、毎日新たな発見をするし興味がどんどん湧いてくる。僕は魚だったら全部好きだし、どれが好きって言ってしまうと、他の魚に攻撃されちゃうような気がします。どの魚もみんな、かわいくてたまらないです!』                 (インタビュアー 三上敦子) 2003.01
                          

 
                         

Edited by Atsuko Mikami