Macintoshの生理学的研究への応用

星山 雅樹     

プロローグ
前号の特集では、東京大学医学部小児科の菱先生に取材し、医療におけるパソ
コン活用の位置付けと意義、及びネットワークに対する考え方を語っていただ
いた。その特長は、常に人間性を中核に置き、解放された世界で、医療におけ
るパソコン活用がいかに様々な立場の人にメリットをもたらすことができるか、
をテーマにされていることだ。このような明確な思想の下で、今、東大小児科
では実際多くの人達が様々な立場でそれぞれの仕事にMacintoshを役立ててい
る。そこで今回から6回シリーズの予定で、毎回1人の方に登場していただき、
各専門分野における活用の現状と未来について取材したいと思う。まず第1回
目は、現在、主としてシステム生理学の研究にMacintoshを活用していらっし
ゃる星山先生にお話を伺った。

Macintosh活用の目的と概要
星山先生たちのシステム研は、臨床の現場で得られるデータをもとにシステム
生理学の研究を行い、診断・治療に役立てることを意図している。つまり、生
体の生理的な機能をコンピュータ(Macintosh)で処理してその特性を把握し、
将来おこり得ることを予測したり、実際にやるべき処置や手術の適応を決める
ことを目的としている。では、Macintoshでの処理はどのような内容なのか、
少し具体的にご紹介しよう。例えば循環器関係の場合だと、まず血管の中の圧
力と血管と血液の流速という2つのパラメーターを検出し、そこから血管の性
質を導き出すことができる。血管の性質とはコンプライアンス、血管の抵抗、
血管の反射率、血管の中の血液のエネルギーの存在様式は何か(運動エネルギ
ーか、位置エネルギーか、熱エネルギーか)というようなことである。ふたつ
めに心電図の解析を掲げると、その収縮期と拡張期における波の伝わり方の差
異によって心筋細胞の性質を知ることができる。また、心拍数の変化の仕方に
よって心臓の自動制御と自律神経の関係を分析することも可能だ。

Macintoshでの解析手法
手法は以下のようにまとめられる。
1.データの入力
 …紙に書かれたデータは、スキャナで読みとる。このときPhotoshopという
画像処理ソフトを使用する。一方アナログデータをADコンバータを介してデジ
タルデータに変換し、自動的に入力する場合もあり、このときは次のFlexi
Traceによる数値化は不要である。
2.データの数値化
 …絵として取り込まれているグラフデータをFlexiTraceというソフトで数
値化する。すなわち各座標を読み取る。
3.フーリエ展開と計算
 …数値化されたデータを表計算ソフト、Excelを使って計算するのだが、こ
のとき数学的に扱いやすくするために、フーリエ展開という手法を用いること
が多い。フーリエ展開は、様々な形の波をサイン波に分解して、その和として
表すことである。
4.シュミレーション
 …連続した時間的関数である波で表された生体の現象を、先程のExcelや
Mathematicaという解析ソフトを使って分析し、シュミレーションを行う。
もう少し具体的に言うと、Excelでは病気の人の伝達関数を掛けた場合と健全
な人の伝達関数を掛けた場合の比較を行ったりする。Mathematicaでは波の
複数のパラメータをひとつずつ抽出して動かすことによって、波の形の変化を
見てシュミレーションを行う。これらのことは生体の性質を把握したり、予測
したり、手術の適応など、治療を決定することに役立つ。

Macintosh使用によるメリット
大まかだが手法をご紹介したところで、この環境がもたらしたメリットについ
てまとめてみたい。結論をいうと、単純な手作業がパソコンでできるようにな
り、当然のごとく労力の削減が実現し、大変効率が良くなり、さらに精度も高
まったことである。その内容をみてみると、まずひとつは、データ入力が掲げ
られるだろう。従来、紙に描かれた何百ものデータを目で読み、数値を拾って
いたのに比べ、FlexiTraceならば自動で数値座標の表を作成してくれる。ま
たLAN(Local Area Network)の構築によって、病棟での重症患者の心電図
やサチュレーションのデータは、ADコンバータ(アナログ→デジタル変換
機)を介してリアルタイムに研究室のMacintoshに送られてくるようになった。
LANに関しては、東大小児科が実験的に行っているのだが、近いうち心エ
コーの画像データも同様に扱えるようになるはずだ。ふたつめは、フーリエ展
開などの数学的処理、シュミレーション等の解析について、従来は大型コン
ピュータに何千行ものプログラムを毎回書かなければならなかったのだが、
Macintosh導入後は、アプリケーションの中に用意されている関数を使えばで
きるようになった。これらの飛躍的な作業性の向上は、大幅な時間削減をもた
らし、多くの多忙な臨床医に研究への余力を与えることにつながろう。星山先
生は、現在の方法を確立することでようやく本格的に臨床データを解析し、実
際に臨床に役立てる段階に入ったと考えておられる。

Quality of Life Conference
一方、星山先生たちは、患者の生活の質向上のためにこの解析法を役立てよう
という研究にも携わっている。現段階では、運動神経の障害により目だけしか
動かすことのできないウェルドニッヒ・ホフマン病の患者が対象だ。それは患
者の目の動きから意図をくみとり、会話や音楽や動作につなげようというもの
だ。手法は目の動き、すなわち白目と黒目の位置の変化を電圧の変化としてパ
ソコンに入力し、この波を分析する。分析結果(=患者の意図)にしたがっ
て、パソコンが音声を出したり、モノを動かすことになる。目の動きでビデオ
カメラの位置を変化させ、その場にいなくても、あたかもそこに居て行動して
いるような視覚的な体験(バーチャル・リアリティ)を行うことさえ可能だと
いう。
この研究は小児科の中でつくられたQOLC(Quality of Life Conference)と
いう組織のメンバーが中心となっているが、同科の“めだかの学校”を中心と
するヒューマニティあふれる思想の下に生まれたものである。星山先生たち
は、まさに臨床の現場で診断と治療、さらには闘病生活を送る人々の生活向上
をめざして、パソコンの可能性を開拓されていると言えよう。
それは、ケアの質を問われ始めている医療の現場での、最も今日的なニーズに
応える取り組みであり、その実現が、大いに待たれるところである。

インタビュアー:大伸社 吉田 紀子

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Edited by Toshio Hishi