Macintoshを利用した遺伝子解析の世界。

小林 茂俊       

インターネットと解析能力をフル活用。


分子生物学の研究においては、実験手法の進歩に呼応して得られた結果(情
報)を解析するという事が非常に重要性を高めつつある。一方で、情報自体も
膨大なものになりつつあり、研究者たちにとっては最新のデータベースにアク
セスすることが不可欠になってきている。これらを背景に、オンライン、すな
わちインターネットを利用した分子生物学の解析は急速に浸透してきた。遺伝
子の分野は、まさにインターネット利用の最も活発な分野のひとつといえよ
う。その理由は、1つには利用者のメリットとして新鮮なデータベースにアク
セスできることが掲げられる。インターネット上のデータベースは、日々更新
されているからだ。2つめは遺伝子情報そのものの性質上のことであるが、通
信でやりとりしやすいことが掲げられよう。以上、インターネット利用に限っ
て言及したが、一方ではパソコン自体の解析処理速度がめざましく高まり、遺
伝子の相同性解析や各種の計算は、パソコンでできるレベルにまできている。
Macintoshでも数多くの遺伝子解析ソフトウェアが利用できるようになってい
るのが現状だ。これらの基礎知識を念頭に、今回は東大小児科におけるMac活
用の連載レポートとして、血液免疫グループ(通称2研)の小林先生にお話を
伺った。

遺伝子解析の意義
小林先生の属する血液免疫グループは、病気の細胞の遺伝子解析を研究の中心
にしている。ご周知の通り、AGCTという4つのコードで成り立つ遺伝子の配
列が何らかの要因で正常な配列と異なると病気になると考えられている。ここ
で同研究グループは、対象とする遺伝子がどのように異常なのかを知ることに
よって診断・治療に役立てることを目的としている。中でも小林先生が最近
テーマにしているのは、免疫不全、すなわち先天的に体の抵抗力がない子供達
の病気の現象を調べることだ。免疫不全の子供達の遺伝子解析は、保因者診断
につながり、病気の早期発見や治療の第一歩となる。研究の流れを極く単純化
すると次のようになる。
 病気の原因となっている異常な遺伝子を発見→実験→診断→治療方法の確立
「最近、遺伝子治療が話題になっていますが、将来的には異常な遺伝子を入れ
替えたり、付け加えたりして治療を行う方法が確立されていくと思います。そ
のためには、より多くの遺伝子を調べる、すなわち解析することが必要になっ
てくるんです。」

遺伝子解析の概要
小林先生たちは、従来、手作業でやっていたことをパソコンでできるように
なって、大幅な時間短縮につながったと大きなメリットを感じておられる。何
が時間短縮をもたらしたのかは、手法の中に解答を見出すことが可能だ。解析
のためにパソコンで行うことは、大きく3つに分けることができ、以下、その
3つについてそれぞれの概要をまとめていくことにしよう。

1.遺伝子配列のデータベースを手に入れる。
研究対象となるのは異常と思われる遺伝子であるから、まず正常な遺伝子配列
と見比べてどこがおかしいのか見つける必要がある。比較する遺伝子配列を手
に入れることが先決だ。小林先生自身は、世界の遺伝子配列最大のデータバン
ク、アメリカにあるGenbankにインターネット経由でアクセスし、最新のデー
タベースを手に入れている。ちなみに、1個の遺伝子は数百から数万にわたる
膨大なデータであるが、形成はAGCTという4つの塩基のみで配列が決定され
るため、画像データも伴わないから通信でのやりとりには大変適している。

2.手に入れたデータベースと研究対象となる遺伝子を比較して、どこがどう
違うかを検索する。
このことは、後で実験のための解析を行うために必要である。また逆にこの検
索で同じ配列の遺伝子があるかどうかを調べる、すなわち“新しい遺伝子を発
見したのかどうか”を調べるためにも有効だ。

3.実験のための解析を行う。
例えばPCR法という実験方法をとる場合、パソコンに解析させて対象となる遺
伝子の配列の実験に適切な部分をとり出し、実験に有効なだけ増幅させると
いったシュミレーションを行うことができる。制限酵素の位置を調べること
で、実験用に遺伝子を区切ることもパソコンなら数秒でできるわけだ。

パソコンがもたらしたもの
「異常な遺伝子の発見や実験にパソコンが使われるようになったことは、時間
の短縮と労力の削減というメリットをもたらしました。これは、同時に費用の
削減でもあります。そしてインターネットでの情報交換が盛んになり、特に米
国では協同研究などが多く行われています。」小林先生が語られる現状からみ
ると、分子生物学の進歩を早めるという意味でパソコンの貢献度は大きいと思
われる。一方、デメリットとして競争が激しくなったことも確かだ。ここでも
情報収集力がモノを言う時代になった。
「論文が発表される前に、通信でデータを見ることができてしまう。その意味
では米国やヨーロッパ諸国との距離も無くなりました。けれども、その人の思
想について理解を深めていくには、やはり論文でなければならない。最今、論
文の役割はそちらの方に移行してきましたね。」

臨床の現場とリンクするこれからの遺伝子研究
さて、パソコン使用による時間短縮は実験法の進歩につながり、結果、新しい
遺伝子を発見することを中心とする基礎研究と、それが何の病気をもたらすの
かという診断、すなわち臨床の研究とを近づけることになった。実験のための
サンプル抽出など、従来、勘で行っていたことがパソコンでできるようにな
り、失敗も少なくなったという。このことは、次の治療法の確立へとつながる
わけで、ようやく、これから臨床研究の本領を発揮できる土台ができ上がった
といえる。「北海道大学では、患者の体内に正常な人と比べて足らない遺伝子
を入れ、補うという治療法が始まり、話題になりましたが、入れた遺伝子が体
内で機能していくか、否かは、今後の経過を見なければわかりません。遺伝子
治療は未だスタートしたばかりです。けれども私たちが扱っているような先天
的な疾患に対して、今までは状態を良くすることはできても、根本的な治療は
ありませんでした。医学の進歩によって、その道筋が見えてきたことは、大変
喜ばしいことですね。」
ヨーロッパ諸国と米国と日本が協力して、人の全ての遺伝子配列のデータを1
つに集めようというヒューマン・ジェノム・プロジェクトも始動している。遺
伝子研究の分野は、パソコンというただの道具を人類に幸福をもたらす重要な
ポストにまで押し上げつつあるといえるだろう。それを真に実現するのは、人
間の英知以外の何者でもないのだ。

インタビュアー:大伸社 吉田 紀子     

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Edited by Toshio Hishi