インターネット上に公開された医療におけるヒューマニズム
東大小児科より世界に向けて、その思想と活動状況を発信する

 三上 敦子      


プロローグ
「東大小児科、Mac活用の実際」の連載3回目の今回は、同科のホームページ作成についてご報告したい。この連載がスタートする前に当誌Vol.9の特集にて、「医療におけるパソコンネットワークの理想型をめざして」と題し、同科の菱先生に様々な抱負を語っていただいたことを覚えておられるだろうか。その中で、インターネットのサーバーとしての機能をもち、東大小児科で何が行われているか、医療に対する思想から日本人の感性や優しさといったものまで、できるだけ具体的な形で世界中の人々に知らせたい、というお話があった。早くもそれが現実のものとなってきているのである。まずはここに立ち上げのメッセージをそのまま掲載しよう。
『東大小児科は1889年、日本で最初の小児科学教室として創設されました。現在は第7代教授、柳澤正義教授のもと500名を越えるメンバーが、小児医療だけでなく、様々な分野で活躍しています。院内のこどもたちのための小さなめだか学校の活動から、国際医療協力あるいは政治活動までその範囲は広大なものです。私たちは人間の思想の深みから、広く世界をながめ、互いの討論を重視し、数多くの記録を残してきました。これらを余すところなく提示したいと思います。私たちが、21世紀に向けた世界規模の情報ネットワークに参加することの意義は極めて大きいと考えています。虚構に惑わされることなく、謙虚で正直なことばで世界中の人々との交流を計ることができることは、WWWサーバーとしての大きな喜びです。』

ホームページ作成にあたって
菱先生の指導のもと、実際にホームページを作成し、日々情報発信を行っていらっしゃるのは三上さんという女性である。具体的に企画・作成にとりかかったのは9月に入ってからで11月下旬に構想の6〜7割が完成した。三上さんは、作成にあたってオリジナリティを出すこと、そして東大という象牙の塔的なイメージを払拭して、誰もが見て理解できる部分をつくることに力を注いだという。「東大小児科というとなかなか皆が開けてくれると思えませんが、一般の人が見て、楽しい、もう一度見たいな、と思ってもらえるようなものにしたい。そして、ここで行われている、普通の医療の世界とはちょっと違う側面を多くの人にみてもらいたいのです。」
一方では東大小児科の全てを盛り込むために、情報の引き出しを沢山つくって枝分かれしていく構図をつくり、情報の収集と整理に大変苦労された。1つの項目の情報は、「テキスト」と「画像」と「音声」という素材によって成り立っている。それぞれ扱いや取り込み方が異なる素材をどの引き出しにどのように収めていくか、またメンテナンスをどうするか、を常に考えていかなければならないのである。「画像に関しては、コンピュータのどのような環境下でもある程度のスピードで画像表示できるよう、あまり解像度を高くしていません。音声では、DAT(Degital Audio Tape)で録音した自作の歌も入れたかったので苦労しました。マック用にはAIFC、ウィンドウズ用にはou.というサウンドファイルを用いるんですが、CDの音はきれいにおとせるのにDATでは雑音が多いんです。様々な工夫をして、何とか聴くに耐えるものにできたんですが。」それでは、いよいよ菱先生と三上さんの努力の結晶をご紹介しよう。

東大小児科ホームページの中味
このホームページは日本語版と英語版に分かれていて、クリックひとつでどちらを見ることも可能だ。翻訳は、小児科のドクターたちが手分けして行っているという。セクションは11に分かれていて、次のような内容となっている。(日本語版は最後の11番目を省略)
1)What's New 現在の小児科でのニュース、up-to-dateな情報
2)Proffesor 教授の紹介
3)Opinions 哲学研カンファレンスを中心に意見、主張など。またインタビュー、Mプラスの連載原稿もここにある。
4)News 小児科、日本、世界の3段構えで毎日送っている。
5)Medaka School めだかの学校の歴史、子供たちの写真集、めだかの学校の活動に協力してくださっているギャラリーアリエスという画廊の新進画家の作品集、児玉康利君という患者さんが今年発表したCDの曲など盛りたくさん。
6)TISCH(東大小児科国際保健医療協力研究会) 国際医療協力のページとして、ここには7年目を迎えたCPAP(アジア小児科医交流計画)の活動や実際の体験記などがある。
7)Clinical Groups 臨床班各専門分野のメンバー紹介と学会で実際に発表された内容の記録。
8)Research Groups 研究グループで哲学研究室、システム研究室、細胞生物研究室、分子遺伝学研究室の4つある研究室の論文やカンファランスの模様が収録。
9)Organization 組織には東大小児科の歴史、小児科スタッフ一覧、病棟、外来、学生教育など。また海外留学のドクターからの海外だより、小児科ならではの常勤医会議、医師連合、臨床小児科医のつどいなどの報告もここに入る。さらに、ここにパーソナルホームページがあり個人のホームページもどんどん開設していく予定。
10)APJ Acta Paediatrica Japonicaの編集部よりAbstractなど。
11)Japan information 日本の小児科病院、大学、病院、観光なども紹介できたらとのこと。

この中で最も特徴的なのは、Medaka Schoolだ。まずは画像と音声を駆使した三上さん渾身の作品とも言えるこのセクションをのぞいてみたい。入院中の子供を対象にして週2回開かれるめだかの学校の部屋には、大きなグランドピアノがあり、著名な彫刻家の関孝行さんが心を込めて作られた東大小児科のシンボルである“ののちゃん”が子供たちとともに居る。月1回のアートパフォーマンスを行ってくれる画家の皆さんの作品は『Gallary Aries』で紹介され、『Yakkun』では意志伝達の手段として目の動きだけがのこされた児玉康利君という患者さんの作曲した音楽も聴くことができる。それは東大小児科の持つ思想の具現化であり、インターネットにのせることで“医療におけるヒューマニズム”を世界へ発信し始めたといえるだろう。
「ここが唯一、誰がみても分かり易く、アピールできる部分ではないかと思うんです。東大小児科には重病の子供が多いのですが、こんなにも明るく一生懸命頑張っているぞ、というところも見てもらいたいと思っています。」病気をテーマにした重さではなく、生きることをテーマにした命の輝きを、三上さんは淡々とホームページ上に織り上げていく。『Akko』のところには三上さんの自作の歌も入っている。
さて、Medaka Schoolに象徴されるように東大小児科のホームページは、まず外へ向けての情報発信を目的としているが、一方で組織としての絆を深めるという役割も持っている。東大を離れて他の病院をはじめ、特に離島や海外など、遠く離れた所に居る医師達に同じ東大小児科の一員であることをいつも認識してもらうこと、がねらいである。メンバーの紹介、活動記録、そしてTISCHでの国際協力の実際や海外留学のドクターからの便りの紹介などは、組織の中の“個人の存在感”が浮き彫りにされるような内容といえよう。

将来展望
今後、菱先生や三上さんの課題は、中味の充実とともに、いかに多くの人に見てもらうか、ということにある。つまり広報がキーなのだ。インターネット・イエローページや医療関連のホームページなど様々なナビゲータの中で、東大ではなく東大小児科のホームページが独立して紹介されるのは大変なことだが、ぼちぼち掲載の問い合わせが入ってきている。また、画像や音声はそれだけでデータ量が重く、環境によっては、東大で見るほどスムーズに情報を入手するわけにいかない。しかし利用者の環境の全体の底上げは、急ピッチで進んでいると思われ(例えば音声については、ダウンロードの開始と同時に演奏が始まるリアルタイム・オーディオツールが登場し、待ち時間はほとんど無くなってきている)、菱先生たちは本当に近い将来を予測して質向上にベストをつくされている。
菱先生は将来、東大小児科版の救急箱をつくって、そこで一般のお母さん方の育児や子供の病気について相談に応じられるようにしたい、と考えておられる。


エピローグ
インターネットに情報を発信すること、そしてそれを持続していくことは相当なエネルギーを要することだ。しかしながら、情報発信の過程で多くの医師がふだんはしない英訳に関与したり、人を動かすパワーを持っている。
「検閲が無いインターネットでは、浸透するにつれて悪質な情報も流れるでしょうが、それを恐れていては何も始まらない。公開することのパワーは、それを上回るメリットがありますよ。」
菱先生の信念の下、今はホームページ作成の大部分が三上さんの肩にかかっているが、そのうち実質的な多くの協力者を得、より大きなエネルギーを生み出す源となるに違いない。 

インタビュアー:大伸社 吉田 紀子     

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Edited by Toshio Hishi