1998.9.2

世界一周の旅に出たSくん
 

 夏が終わり、秋が来た。と言っても夏のカレンダーをめくっただけなんだけど・・・。暦の上ではもう立派な秋なのに、気分はまだまだ夏のよう。それというのも「夏」を満喫できないまま9月になってしまったから・・・。
 7月にも書いたけれど、私はホントに夏が好き。その夏が終わってしまった瞬間にブルーな気持ちになるけれど、それならば来年の夏のことを想像して毎日を過ごそうっていうふうに1年はあっと言う間に過ぎていく。
 それでも、今年の夏はいろんなことがあった。
 「弱り目に祟り目」しか書かなかったけれど、実は本当にいろんな出来事があった。一番の出来事はまた後ほど書くとして、今日は世界一周の旅に出たSくんの話を書こう。
 Sくんは某製薬会社の社員であった。まだ卒後3年ほどのフレッシュなSくんは、いつも折り目正しい好青年だ。私の職業柄、スーツをびちっと着込んでいる人たちと働くということがないし、「気分はリゾート」みたいな格好で仕事をしたりするくらいだからとてもラフな毎日だ。Sくんは当然いつもスーツで登場するのだが、そのスーツの中のシャツ&ネクタイはとても上品でセンスが良い。スーツに慣れない私にも、なにかとっても「気になる色合い」を披露してくれた。(ふ〜む。今、巷はこういう感じのビジネスマンファッションなのね〜)と頭の中で絵を描いていた。Sくんがやってくるとそういう楽しみがあったのだ。(ごめんなさい)
 Sくんの態度は常に変わらず礼儀正しい。いつも爽やかな雰囲気と出しゃばらない明るさと、真っ直ぐに人の目を見て話をする姿勢で、そう、なんだか私には、あまりにも「できすぎている人」として映っていた。私は日常茶飯事、不思議な人に囲まれて生活していて、自分のこともけっこう変わり者だと思っている。そういう私には、Sくんの登場の仕方は「まぶしいっ!!」っていう感じで、だからこそ興味が持てなかった。
 そんなSくんが、今年の初めに現れたとき、カレンダーを持ってきてくれた。それは会社の挨拶回りカレンダーなのだが、それと共にもうひとつ「友達の会社のカレンダー(あるアパレルメーカー)をもらったのですが、僕の家には似合わないし、でも、きっとここなら絶対に似合うと思って持ってきました」と言いながら、少し照れくさそうに包みを差し出した。Sくんが帰ってから開いて見ると、それはそれはとってもステキなカレンダー。モノクロで描かれているイラストがとびきりお洒落で、わざわざ買ったカレンダーよりもステキだった。それから、私はSくんに対しての見方が少し変わった。
 梅雨に入った頃、Sくんが「会社を辞めます」と報告に来た。そして「世界一周の旅を3年かけてします」と言った。
 スーツ姿のSくんの輪郭が私の頭の中で少しぼやけた頃、ホントにスーツを脱いでしまったキラキラしたSくんに会えて心から嬉しかったし、いつか本当に話をしたいと思った。

1998.9.7

「イケミツ・アニエス」さようなら! 〜その1〜
 

 この夏一番の、私にとっての大きな出来事を書こう。
 ここに書くべきかどうか迷ったけれど、やっぱり書くことにした。Akko's Web Siteには何度も登場する「アニエス・ベー」についてのとても大きな出来事がこの夏にあったからだ。
 アニエスは、今や完璧に私のライフスタイルのひとつになっている。自分の「衣」は全てここにしかないと思っているし、とても長い間、基本的な方針を変えずに作り続けているアニエス女史に対して尊敬の念を持たずにいられない。アニエス女史の、「いつも新鮮だけれど流行に流されないニュートラルな服づくり」は「衣の真髄」のような気がして、全く興味が薄れることがないのである。
 そんな私だから、どこの街のどのアニエスSHOPでも大好きだけど、それでも、その中でスペシャルに好きな店舗があった。それが池袋三越のアニエスであった。ここはイケミツ・アニエスと呼ばれていた。
 過去形で書いているのには理由があって、そのイケミツ・アニエスは8月16日で閉店してしまったのだ。
 日本のアニエス・ベーSHOPの中でも、古い店舗になるだろう。三越特有の木の床の雰囲気と、広々としたアニエス・ベーSHOPはとてもマッチしていた。どちらかというと、おばさま指向が強い三越の中にあって、できたばかりの当時はちょっと画期的だった。でもそれが、独特のイケミツ・アニエスの雰囲気を作ったのだった。
 ピアノ演奏が流れる三越店内で、「アニエス・ベー」の中性的な雰囲気はちょっと不思議なコントラストがあった。アニエスにはシンプルで爽やかな感じもありながら、ちょっと危険な香りもあったりして、それが大きな魅力なのだが、その感じにまさしくぴったりな雰囲気だったのである。
 そして何より、スタッフが素晴らしかった。本当にアニエスを愛している人たちが、とても気持ちよさそうに働いていた。それはただの客の私にもす〜っと伝わってきて、「居心地のいい場所」になるのに時間がかからなかった。
 暇な日曜日、仕事で疲れた日、ちょっとむしゃくしゃした日、すごく嬉しい日。いつ出掛けても、帰りには気持ちよくなれた。スタッフの人と何時間もお喋りしたり、それぞれのシャツについて一番有効な畳み方を習ったり、無理矢理押し売りされることは一度もなかった。むしろ、新しい服が入荷すると、「ちょっと着てみて!」と勧められて、着せ替えごっこになったりした。
 こんなふうに、ただの客がのんびりとゆったりとくつろげるということは、お店の中は殺人的な混雑になることはなかったのである。売り上げが全国で最下位だったそうだ。
 7月のある日、仲良しのスタッフの人とお昼を食べに行ったときに「閉店」の話を聞いた。一瞬、耳を疑った。それから、一日、一週間と時間が経過するごとに、ショックは治まるどころか倍増してしまった。こんなにも自分がイケミツ・アニエスが好きだったんだ・・・と再認識した。まるで失恋したような気持ちだった。                       (つづく)